立川談志といえば不世出の天才落語家であると同時に、破天荒な人間性で世間からの注目を浴びました。
特に1983年の落語協会を脱退し、自ら家元として立川流を設立したことは話題を集めました。
なかでも弟子からの上納金制度は、それまでの落語会にはなかった斬新なものでした。
今記事では立川談志らしい破天荒エピソードから、破天荒なだけじゃない人間性が分かるエピソードをご紹介します。
立川談志のエピソード4選
人生最大の…
談志人生最大の屈辱といえば、弟弟子である志ん朝(二つ目時は古今亭朝太)に真打昇進を追い越されたことです。
前座のときから、その才能を認められてきた談志にとって、弟弟子に追い抜かれることは耐え難いことです。
気が強い談志は直接志ん朝のところに行き、真打昇進を断るように迫りますが、実力での真打昇進だからと志ん朝は断ります。
結局志ん朝は36人抜きという大記録で、真打昇進を果たします。
その後円楽(二つ目時は三遊亭全生)が談志を追い抜いて真打昇進した際には、円楽のところには真打辞退を打診しに来なかったそう。
さすがの談志といえど、年上の人に向かって真打を辞退しろとは言いにくいかったのでしょう。
談志の気が強いのか、弱いのか分からないエピソードです…。
後に、真打昇進の基準をめぐって落語協会を飛び出すなど、後々まで談志の落語家人生に関わるものになりました。
免許停止
弟子の志の輔と一緒に車で高速道路を移動しているときのこと。
談志の指示により、ハンドルを握る志の輔が速度制限で捕まってしまい免許停止となってしまいます。
車に乗れないとなるとその期間の生活が困ってしまいます。
さすがに責任を感じた談志は、「俺が処理する」と電話を掛けはじめました。
電話を掛けた相手は友達である警察長官。
警察のトップにお願いをして、弟子の免停を取り消してもらおうとしたのです。
しかし、どんなに交渉をしてもダメなものはダメ…。
「免停一つ取り消せないで国が守れるかー!」と絶叫して電話を切り、志の輔に一言。
「まあ、そういうことだ。」
ライ坊
談志はお気に入りのライオンのぬいぐるみを、「ライ坊」と名付けてかわいがっていました。
ライ坊をぞんざいに扱う弟子がいると「かわいがってるんだから、いじめねぇでやってくれ」と頼むほどでした。
弟子の談春が書いた「赤めだか」で、志らくがライ坊の腹から綿がはみ出しているのを隠すために、ライ坊に腹巻をしたという話が談志に知れると、志らくはあわや破門に。
談春が「ライ坊腹巻の件」はネタですから、と取り成して事なきを得ます。
ある意味立川流で一番序列の高い存在だったのかも…。
食べ物は絶対に残さない
談志は常々「食べ物を残すくらいなら腹を壊したほうがマシだ」と言っています。
「食い物を粗末にするな」という談志の食文化論をまとめた本も出版しています。
実際テレビ局からもらってきた弁当を食べきれず、腐ってしまったものをみそ汁などにリメイクして食べたが、ジンマシンが出てしまったこともあるそう。
弟子はお金持ちの師匠が、食い意地のためにジンマシンが出てるのをみてどう話しかけたらよいものか悩んだそうな…。
そんなこともありますが、基本的にはグルメで自ら料理することも多かったようです。
ときには談志特製の料理が弟子の口に入ることもあったようですが、これが平野レミも真っ青な創作料理が多かったようで…。
カツサンドをいれた餃子、ポトフにケーキを加えたカレーを食べた経験のある弟子がいるそうです。
しかも、これが美味しいというから流石家元です。
本当に破天荒なのは円楽?
パラシュート
談志が生み出した最高傑作「笑点」を引き継いだのが5代目円楽ですが、談志をしのぐ破天荒な部分があったようで…。
落語会に向かうために飛行機に乗り込んだ円楽一行。
目的地に着く直前に、天候不順のため飛行機がUターンすることになります。
このままでは確実に落語会の開催時間に間に合わなくなってしまう。
すると円楽がスチュワーデスさんを呼んで、「パラシュートを持ってきて下さい」と頼みます。
スチュワーデスさんは目が点。
自分だけパラシュートで降りて、なんとか落語会に間に合わせようという解決策だったのでしょうが、あまりにも突飛なアイデアです。
とうぜん聞き入れられることはなかったのですが、円楽の落語家としての執念と、天然さが分かるエピソードです。
円楽にはこのようなエピソードがいくらでもあったそうなのですが、天然に思われることを本人が本気で嫌がったため、あまり広がらなかったそう。
談志は「弟子は俺のあること、ないこと話して飯を食べてやがる。だから金を取って当然だ」ということを言ってそうですが、“立川談志”という最高の話題を手に入れることができるのであれば、上納金は決して高くないということでしょうね。
未だに弟子の「まくら」から、家元の面白いエピソードを聴くことができます。